2004.01.28 アメリカの旅も終盤へ

ブレッケンリッジにある、モンスターパーク。一つ一つのキッカー、レールがやたらとでかい!人が小さく見えるよ。明日は飛ぶぞー!

今は、コロラド州のブレッケンリッジに来ています。ここは俺の思い出の地であり、来る前から、ここへの上陸をすごく楽しみにしてました。初めて来たのは、13歳くらいの時、当時のプロスキーレーサーのプライベート合宿に連れてきてもらい、それから、ストラットン(俺の行っていたアメリカの高校)の合宿、全日本の合宿など、何度も来ていて、その中でも一番いろいろな思い出がある地なのです。
ネバダのリノから、コロラドのデンバーへの飛行機内に、財布を忘れ、怪我に続き、俺の散々な旅は続きました。こっちへ来てからも、足首がなかなか治らず、未だに怪我以来のスキーはしておらず、ストレスの溜まる毎日を過ごしています。
先日は、夜中の3時くらいに火災報知器が鳴り、誤作動だろうと寝ていたら、なんか煙くさいんで、慌てて起き上がれば、外には消防車が、ドアを開ければ煙ですごい事になっているし、ルームメートの雄大と耕太は、2階のベランダから飛び降りると言い出した。でも、廊下に消防士が現れ、誘導されて非難。その時は、足首の痛みなど忘れて走ったよ。まさに火事場の馬鹿力。まあ、大事には至らなかったけど、初めての経験をしました。

明日は、怪我以来のスキーに繰り出そうかと企んでおります。ここのスキー場は最高で、雄大なんかは、写真にあるモンスターパークに出かけると、朝の9時から夕方スキー場がクローズする4時までは滑りっぱなし。でも耕太はそのパークで、肋骨を痛めたようで、ただいま休養中。雪もしまっていて、天気も毎日最高で、明日が楽しみだ。足首が心配だけど。

ここでは、いろいろな出会いもあります。俺の弟、大地がホームステイをしながら、高校に通っている場所でもあり、何度か飯を食いに行き、なかなかの成長が見られた。それと、俺がトレーニングしている横浜市スポーツ医科学センターで5月まで怪我を診てもらっていた、医学療法士の蒲田先生が今はデンバーの大学で膝関節の研究をしているということで、連絡をとったら、ブレッケンリッジのシーズンパスをたまたま持っていて、スキーに来るついでに、ここで再会した。パークに行けば、フリーライドのカリスマであるシモにも久しぶりに会ったりと、スキーは出来ないが、なかなか飽きない場所でもある。

そんな中、今週の土曜には、次の試合であるU.S.Open があります。怪我がまだ治ってなくて、万全の状態ではないけど、2月になれば日本で、ワールドカップも含め、試合がたくさんあるんで、それに向けて何かきっかけをつかみたいっす。


2004.01.19 アメリカにて撃沈

アメリカはコース整備の技術が進んでるらしく、こんなにスムースできれいなコースに仕上がったけれど・・・。

またまた部屋からの景色、夕日をバックに。


題名の通り、俺はここアメリカで撃沈しました。
前回のレポートでも伝えたように、俺は、アメリカはカリフォルニア州、シュガーボールというスキー場に、X-games の出場権をかけた戦いに来ていました。
そこで、レースは行われ、結果は散々なものでした。 まず、ここでのレースはスキーよりもスピードが遅いスノーボーダーと一緒のコースということで、それぞれのキッカーに入るスピードコントロールが難しく、ターンが少なく、キッカーだらけのまっすぐなコース。これは、俺にとっては有利なコースだなと、自信もあった。
そして、それが起こったのは、予選のタイムトライアル。スタートしてすべては順調にいっていた。そして、コース中盤に差し掛かり、そこに5連のキッカーが。そこには自分で減速を余儀なくされる場所が数箇所あり、スタート段階では、一つ目のキッカーを飛んで、二つ目に差し掛かるところでスピードコントロールをしようと企んでいた。ところが、実際は一つ目のキッカーで思ってた以上の距離が出てしまい、フラットに着地。そして二つ目のキッカーはバランスを崩し、スピードコントロールを出来ないまま飛び出し、そこに見た光景はまさに地獄。恐ろしいくらいの高さから、三つ目のキッカーのリップ(飛び出し口)に向かってまっしぐら。そこで俺がふと思ったのは「膝!」。そう膝がまたやられると思ったのだ。そしてもの凄い勢いでリップに足からたたきつけられ、両方のスキーが外れ、俺は転がった。そこで「膝は?」と思ったが、大丈夫だった。そのまま状況反射みたいなかたちで、俺はコース外まで歩腹前進で進み倒れこんだ。体のいろいろなところが痛いのもあったが、その恐ろしい出来事に精神的にやられていたのだろう。でも膝の靭帯を痛めなかったのが、奇跡だったくらいのクラッシュだった。
しかし、その恐ろしい出来事はこれで終わらなかった。その状況を見ていた、俺の少し前でスタートして、同じくコースアウトした高橋耕太が「大丈夫ですか?」と歩み寄る。俺は「なんとか大丈夫だ。」と対応し、それを見守っていた耕太がいきなり叫んだ。「だぁー、危ねえー!!」斜面の下方向を向いて倒れこんでいた俺は、状況を把握できない。耕太が俺の近くから足早に立ち去るのが見えたと思った瞬間、背中にもの凄い衝撃を感じ、吹っ飛ばされたのだ。息が出来ない、そして俺にぶつかったらしき人物は「Oh my arm」と死にそうな声を搾り出していた。そいつは俺の次にスタートしたやつで、俺と同じような失敗をし、どういうわけかコース外にいる俺に向かってまっすぐ突っ込んできたのだった。俺は背中に背骨を守るプロテクターを着けていたことが幸いし、大事には至らなかった。しかし、俺に突っ込んだ奴は、腕が折れ、骨が皮膚を突き破り、10cmほど飛び出していたという。すぐにヘリコプターで病院に運ばれ、手術したということだった。
結局、俺の体は、転んだ時の衝撃で両足のかかとがやられ、左足首は捻挫をしたらしくぼっこりと腫れあがった。両膝の古傷も悪化。それと着地時に両手を突いたみたいで、両手首が痛い。後は突っ込まれた衝撃で、首が鞭打ちになった。その他、細かい傷が多数。
これで、来週行われるX-games 出場はなくなり、再来週のU.S.Openが次の試合になるわけだが、それまでに体は元に戻るのか? 鞭打ち、手首などは問題ないし、膝も大丈夫そうだが、足首とかかとがちょっとわからない状況である。
決勝は雄大だけ出場し、ベスト8までは進んだものの、X-games の出場権は逃してしまった。今回はいろいろあったが、これを糧に今後もがんばっていきたい。


2004.01.15 アメリカ上陸

翌朝、目覚めると、外はこの景色。

これは、アメリカにはよくある、部屋の空気をしっかりと巡廻させる為のファン。これに洗濯物をかけて早く乾かそうなんて考えてはいけません。


明けましておめでとうございます。久しぶりのレポートになっちゃいました。
年明けの俺は、膝の状況も考え、ヨーロッパのワールドカップは諦めて日本に残りました。日本では、膝のリハビリとトレーニングの日々を過ごし、そしておととい、我が故郷、アメリカに上陸しました。
しかし、ここに来るまでの道のりが、なんてったって長かった。サンフランシスコ経由でリノまで来る予定が、サンフランシスコまでの飛行機のチケットの手配が厳しく、結局ニューヨーク経由、サンフランシスコ、リノという、恐ろしいフライトに。普通に飛ぶより2倍以上の時間がかかりましたよ。そしてリノにようやく着いたと思ったら、みんなのスキーが届かないし。ホテルに着いたのは、結局夜中の1時くらいでした。 雄大くらいになっちゃうと、かなりの強行スケジュールで13日の午前中にヨーロッパから帰国して、13日の午後にアメリカに出発だったから、ここに着いた時が、疲れのピークだったみたい。でも次の朝目覚めたら、外の景色はこれですよ(右上の写真)。心が洗われた感じで、気持ちがよかった。
今回の旅は、4人の予定だったんだけど、チームメートの河野健児が来る前のヨーロッパで行われたワールドカップで転倒、背中を怪我してしまいました。なので結局、俺、上野雄大、高橋耕太の3人での旅です。

レースは明日から始まります。初戦はコロラドで行われる、スキークロスのレースの中では最高峰でもあるX-games の予選。上位4位以内に入れば、X-games のインビテーションを受けられるといった感じです。だからもちろん目標は4位以内。明日、金曜が予選のタイムトライアルで、日曜に決勝があります。
今回は3週間の旅になりますが、最初からとばしていきたいと思ってます。レースが終わったら、またレポートをアップするんで見てくださいね。